100人の村

こんなことを考えたことはないだろうか。

自分の好きな人だけを集めた、自分だけの村(もしくは国)。

 

 

あいつは計算が得意だから村の会計をやってもらおう、あいつは力があるから建設関係で頑張ってもらおう、あいつは魚を釣るのが上手いから漁師になってもらおう、、、みたいな。

 

 

学生時代、よくやっていた妄想の一つ、自分だけの【100人の村】。

 

 

 

年々、あの妄想のような世界が、結局一番良いのかもなーっていう想いが強くなっていってる気がします。自国ファーストって、そういう思想なのかな。

 

 

でも、お金がもっと欲しいわけではないし、ちょっと違うか。

 

 

必要としてくれている人達と、自分にとっても必要な人達と、必要な物と愛があれば、100人の村だってうまく回りそうなんだけどな。勿論、ずっとそのままって訳にはいかないだろうから、その辺りは上手く村独自のルールを設けつつ整備して、「オラ、東京さ行くだ!」っていう人は尊重しつつ、帰ってきたらまた暖かく迎え入れられるような、そんな村。

 

宗教は、【いつも心に音楽を教】。

朝は、パズーのトランペットを吹くみたいな人がいて、夕方は日本全国酒飲み音頭が流れる。毎週土曜日の夜から日曜日の朝は、ビーチでお祭り。誰かが亡くなったら、みんなで「明日へ架ける橋」を歌って捧げる。

 

 

たまにしょうもないけど、最高の村だ。

 

 

と、妄想はこれぐらいにして。

 

 

30歳を超えた辺りから、だんだんと人生の正体が見えてくる。

自分で生きてきた人生なのか、生かされてきた人生なのか。幸せならどちらでも良いと思うんだけど、本当に人から求められて与えられている人生を生きられているのかな、とか。

 

自分がいる意味、みたいなところで悩むのは結構しんどい。結局のところ、他人の評価でしかないからだ。それは、自分が自分以外の多くの他人に対してどれだけ残酷に思っているかを知っているからだ。テレビで、育児放棄のニュースが流れて、自分はその人の事を全然知らないのに、その人のことを容易く酷いとか、憎いとか思えてしまう。マスクをしているのも、ウィルスよりも、マスクをしていないから怪訝な目線で見られるかもしれないのが怖いからだったりする。感染者数は明らかに増えていても、仕事や学校に行くのは国や政府が緊急事態宣言を出さないせいだと、どこかで責任転嫁を決めつけている自分がいたりする。

 

 

心にだけ存在する、理想の村と社会と生き方。

その理想の世界と、今生きている世界とを照らし合わせてみる。

そんな事も、政治の一つだと思っている。

 

 

 

閑話休題。

 

 

 

 

 

なかなか外に出かけられない中、なんとか今ある環境で夏を感じられています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

毎日寝る前に一本の花火。

 

「パパの分は?」と、ちゃっかり2本目をゲットし楽しむ賢さを身につけた長女なのでした。

 

 

 

 

 

 

 

恵太

 

 

 

 

 

 

 

2020年07月14日 | Posted in ブログ, 想い・雑談 | | No Comments » 

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